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夢見草
vol_4.7 蜘蛛の糸
「高卒認定受けるよ」
たった、それだけである。
なくしてしまったもの、見失ってしまったもの。
代価と代償など、いままでのなにもない空白の時間に比べれば、
「・・・そんなこと、訊いてないよ」
見つめるは、あなたの背中。
「俺って弱いな」
「・・・弱いね」
素肌の、ずっと求めていたはずの正登の背中にただあたしはみつめる。
「なさけないな」
「・・・なさけないね」
沈黙だけが漂っていた。
はじめての日。薄汚く安い国立のホテルにあたしたちはいた。
白い純白のシーツに、あたしに背を向ける正登はあたしからもらった黄色の携帯電話を指先でもてあそぶ。
それを確認して、半身をゆっくりと起こしたあたしは、脱ぎ散らかした上着へと手をのばす。煙草のパッケージから一本とライターを抜き取り、乾いた音が火をつける。
口に咥えておおきく吸い込み、ながく吐く。
ゆっくりと煙が低い濁った天井へとのぼっていく。
あたしたちは、なにかを失って大人になった。
あたしたちは、なにかを知って大人になった。
「正登も吸う? 煙草」
「・・・・」
なにも言わない正登に、あたしは自分の吸っていた煙草を正登の口へと咥えさせた。
低くうめくように、眉間に皺をよせた正登は携帯をいじくりながらもつぶやく。
「にがい」
東京へと上京した頃。
空は青く見えただろうか。この人工的な虚像の狭間からみえる空はどこまでも高く澄んでいただろうか。
地上から見上げる空は、蟻の列から見える空は、青に澄んでいたはずだ。
そして今日、正登は本当の煙草の味を知った。
※
「よろこんでいましたよ。正登さん」
あたしはどこか自覚が付いてまわる憂鬱な眼差しで慎也を見据えた。にこやかに慎也は続きの残りの一節をいった。
「クリスマスプレゼント」
時間とは、ときとして残酷である。
あたしはなにを勘違いをしていたのだろう。
全ては、もといた場所へ戻る。全ては、原点回帰への旅。
戻ることのない、原点復帰への旅。
人はそれを成長と呼ぶ。
人はそれを堕落と呼ぶ。
あたしたちの選んだ道は、どこへ続くのだろう。