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夢見草
vol_4.8 見上げれば、空。
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見上げれば、空。
青空を見上げて、あたしはつぶやくように思った。
見上げたことは、昔から知っていたことであり、
この地上で生きる者たちにとっては、誰しもが知っていて、
誰しもが見てきたことだった。
道に迷ったら、行くべき道に立ち止まったら、
途方に暮れたとき、どうしようもなく無力を知ったとき、
人はやはり、地上ではなく空を仰ぎ見るものだ。
“なにもない”ということだけがそこにはある。
空を見上げて。あたしは気付いた。
この空は、誰しもが見上げ、見続けるものだと。
なにげなく見上げる空だけが全ての場所をつなげている。
ただひとつの、見上げる存在。
「わりぃ、道、迷った」
・・・ただひとつの変わらない色彩。
例えば、尾行していた相手を見失い、挙句の果てに、
「道に迷っちまった」と、携帯に連絡でもされた日には切実に青である。
「あなたの職業はなんですか?」
あたしは気晴らし程度に問いてみたのに、
空気の読めない奴は、だから困る。
「・・・山城健。探偵さ!!」
ブツ。ツー、ツー、ツー・・・・。
わざとじゃなくて・・・。反射的。そう、もうどうしようもない事だった。
だからもう、あたしには空に願うほかなかった。
共通する、全てをつなげてくれるこの空に。
事務所の窓から見上げた空は、今日も青かった。
※
いらっしゃいませ。
年が暮れて、新年に入り数日が過ぎたある日のことだった。
「なにしてんの? ・・・美夏?」
その日の午後。そして、その日も空は青だった。
「立ち読みしているだけだけど?」
「・・・女が平日の昼間っからコンビニでエロ雑誌を?」
あたしは手にしていた雑誌に視線を戻すことにした。
そのまま数ページを熟読する。
「って無視ですか?」
まったくもってやかましい奴である。
確かに今日という日は平日だ。そして昼間でもある。
でも、だからといって、あたしがコンビニで何を立ち読みしようが、そんなことはあたしの勝手である。ちなみに立ち読みしているものは、エロ雑誌などではなく、ただの大人向けの週刊誌にすぎないのに。裸体の、いわゆるヌードルの写真は載っていることは載っているが、ほんの数ページだけで、そもそもあたしは女なのだから、健の言い分は筋違いもいいところだ。
「あんたこそ、こんな平日の昼間になにしてんのよ?」
「・・・しょーがねーだろ、暇なんだから」
正月明けのこの時期、探偵業は暇である。
「ああぁ、暇だ!! 暇で、暇で死んでしまう!!」
「・・・いっそ、・・・・ね」
陽射しが暖かい。傾きかけた夕暮れの淡いその射光があたしと健を照らしていた。
雑誌陳列棚に当たる陽射しは暖かいが、いまだ一月でもある。外は、吹く風は、まだ冷たいはずだ。
「おい、いまなんか言ったか?」
「ううん、別に」
「そうか」
「・・・」
「・・・」
「いま、しねって・・・」
「ねぇ、健。暇だったらさ、ちゃんとしたバイトとかしてみたら?」
「・・・俺は自慢じゃないが、産まれてこのかた、“まともなバイト”はしたことないんだ」
「うん、知ってる。だから、この機にやってみたら?」
雑誌に視線を落としていたあたしは、少しだけ、健を盗み見た。
健は頭の後ろで手を組み、なにやら考えつつ外の喧騒をながめているようだった。
「普通のバイトなんてしたって、なんかいいことでもあるのかね?」
あたしは雑誌に視線を戻し答えた。
「やってみなけりゃわからない」
「例えば?」
「素敵かは、わからないけど新しい出会いとか、社会経験とか、給料とか」
「・・・ふむふむ」
「少なくても、暇で、暇で死にたくはなくなる」
「そうか」
「・・・]
「・・・」
あたしはページを一枚めくり、諭した。
「どうせ、やらないんでしょうけど」
「まあな」
「・・・」
「・・・暇だ」
改めて言おう。
片瀬探偵事務所が年がら年中、暇な訳ではないのだ。
・・・本業の、仕事がないだけで。