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夢見草
vol_4.9 見上げれば、空。
もう、過去になってしまったことだが、名実ともに知れ渡っていたことがあった。
山城健という名。いまだ二十歳未満ではあるが、ハッキングに関しては博識であり、
幾多の不正アクセス、敵対する企業同士の情報を盗んではクライアントに受け渡しを繰り返した罪人。
そして、あたしの父に捕まり、更正を強いられている、ある意味での不良少年。
それが片瀬探偵事務所における山城健という存在。
・・・なの、だが。
あたしは事務所でその現場を目撃してしまった。
「ちょっと、健。あんた、いま、なにを隠したの?」
「・・・なんのこと、ですか?」
なにが不自然かと言ってやろう。
まず、あたしの視線を避けた。
そしてありえないことにあたしに対して敬語までもつかっている。
これの何処をどうとらえたら自然といえよう。
「あんた、いま、なにか隠したでしょう?」
「・・・さぁ?」
極端に口数の減った健に、あたしはどうしたかというと、やはりここは大人として、それ相当の態度で示すべきだろう。
あたしは静かに自分のデスクについて、あたしと健しかいない早朝の事務所で幾分か落ち着いて模索することをした。
そして、幾分かの静寂が過ぎたのち、つまりは、どうしたかというと。
「強奪!!」
つまりは、強制撤去。
「や、やめろ、ばか!!」
「・・・」
「・・・」
のちに、健のデスクの引き出しから大量のエロ雑誌が発掘されたわけだが。
「あんた、これ、どうしたのよ?」
「・・・慎也からの預かり物で」
「みえみえの嘘をつくんじゃない。嘘を」
「・・・っ、だってしょうがねーだろ。真由美さんも、慎也もいないしさ!!」
それのどこが関係あるというのだろう。
つまりは、そう、・・・暇、なのだ。
正月を向かえ、真由美さんは実家へと帰省。、正登、そして慎也はなぜか友達の家へと行くと言い残し、不在。
よって、今現在、残されたのは、あたしと健と父だけである。
「あんたも帰れば?」
「・・・俺に両親がいないことぐらい知ってんだろ?」
少し落ち込んで言う健にあたしは気の毒に感じつつも笑っていってあげた。
「うん、知ってる。だから、あえて言ってやったの」
「ああ、そうだったのか。・・・ってなんでだよ!!」
見事な身を犠牲にしたノリツッコミである。
あたしは、そんなことは気にせずに勝手に健の引き出しから一冊を抜き出し、パラパラとめくっていった。
「みんな、おっぱいきれいねー」
健はあたしをみつつ、唖然としているようだった。
「女がいうか? 普通、そういうこと?」
「あら、いいじゃない。あたしと健しかいないんだしさ」
パラパラとめくりつつ、あたしはなんとなく言ってしまった。
「あたしのと見比べてみる?」
※
「ありえねー、ありえねーよ、この女!!」
なにも、そこまでいわなくても。・・・冗談なのに。
「あたしのおっぱいと見比べてみる? なんて言うか? 普通?」
変な声音であたしのまねをするな。
「ぜってー、変だよ、この女!! マジ、考えられねー!! これだから最近の若者は!!」
おまえはあたしよりも若いだろう。
「そこまでいわんでも・・・。冗談じゃない」
「冗談? 冗談で済むか!! 冗談じゃない!!」
勝手になにやら叫びつつ、健は事務所を飛び出していってしまった。
残されたのはあたしと大量のエロ雑誌。
さほどもしない、ほどほどといった頃合、事務所のドアを開けた者は見慣れた姿。
やがて、しょぼしょぼと事務所に引き返してきた健は黙ってデスクに腰を下ろした。
そして、開口一番。
「俺って、なんか、変かな?」で、ある。
「なによ、いきなり?」
当然の反応のあたしに健は言った。
「俺、なんかこういうの苦手」
いまさら苦手といわれても、・・・どうしろと?
「健ってさ、けっこう女に理想を求めるタイプじゃない?」
あたしの唐突な問いに健は言葉をつまらせていた。
「正解?」
「・・・自分でも、よくわからない」
男の子とは、みんなこういうものなのだろうか?
「この、ヌードルと、あたし、どちらが好み?」
おおっぴらに、あたしは健の目の前で開帳させてみたら。
「おまえがいうと、なんのうたがいもなく、理想と現実は違うんだなって気付かされるよ」
なんて言ってきた。失礼の極みだ。
「なんだかんだ言っても、好きなんじゃないの?」
「・・・オンナのおまえにゃ、わからねぇよ」
男の子とは、みんなこういう生き物なのだろうか?
※
西新宿、そこは、日本でも有数のIT企業の多い土地でもある。
夢見るベンチャー、表に面する有名所、いかにもあやしい企画ものの業者、裏の有力ソーホー集団。
あらゆる企業が切磋琢磨し、どこぞのビルの一室で今日もプログラムを組んでいる。
日本の無形財産はこういった見えない場所で日々、つくられている。
なにもない空白から、なにかを組み上げる。そこにあるのは言語と想像力。
そしてなにより、なにかをつくりだそうという、情熱と意思そのものだ。
そんな事をいっていた張本人は、あたしから見たら、やっぱり、いまや、ただの酔っ払いでもある。
どこぞのフリーターと同じく。
「さぁ、ここで問題です。なぜ俺は女にモテないのでしょう?」
・・・うぅ、難問だ。こんな問題、幼稚園児でもわかる。
「あんたが子供だから?」
「にゃ、にゃにをう!? 小娘の分際で!!」
小娘以下の小僧の分際でほざくな。
西新宿の裏路地に面する小さな居酒屋で、あたしは健と酒を飲み交わしている。
たしか、ここは正登とも来たことがある。結露して冷や汗をかいているジョッキを飲みつつ。
そして、演歌だか、なんだか知らない歌が流れる妙に古臭い店内。照明は白ではなく、どこか橙色が混じっているようなやわらかな光。ごったがえすまでもないが、少なすぎなくもない店内の客席。あたしと健は、今、そして現在、そんなところにいる。
「あぁ、そうさ。俺はオンナにもてないさ。文句あっか!?」
酔いつぶれた健を、あたしは溜息交じりに見つめている、この現状。
「な、なんだよ、そんな雨に打たれる捨て犬を見るような哀れんだ視線で俺をみるなよ」
目の前にいるのは、どこか正登と似ている自己憐憫にも似た哀れな子犬。
「あんたさぁ、・・・やっぱ言うのやめた」
「え、なになに、なにを言おうとしたの?」
健の純粋な表情を見つつ、あたしは視線を逸らしたまま、ジョッキに口を運んでから言った。
「正登と、どこか似てるなって言おうとしたの」
「なっ!?」
今日の健はやたらとフリーズする。
「俺をあんな奴と一緒にするな、せっかくの酒が不味くなるじゃねぇか」
そして、なぜか正登を敵対視している。
「いいか、美夏。よく聞いとけよ。おてこは顔じゃない、背のたかさじゃない、・・・うぅ、なんでもない」
あたしは健の酔いつぶれるさまを黙って見つめていた。
やがて、うつ伏せにテーブルに突っ伏し、飲み負けた犬を見つめながら、あたしは思った。
男の子とは、みんなこういう生き物なのだろうか?
自己嫌悪に陥り、そんな風に見せては、なにかといって他人のまえでは見栄を張りたがる。
そんな、健に、家族というものを病気で早くになくし、天涯孤独で生きてきた健の、生き方。オンナにモテタイ。有名になりたい。カネを得たい。名誉、知性、地位、栄光。
全てはきっと、かなしかったから、独りとしては生きられなかったから。健の、夢。
「夢を叶えたい」夢を見る若者が集う場所、それが東京である。
夢を求め、夢を抱き、夢を育て、そして、夢を捨てる。叶えることができる者はほんの一握り。
夢を叶えることはなく、その過程で夢になる。夢は、夢見る者を選ぶ。
「家族をつくりたい」最初、事務所へと連れてこられた健はあたしたちに、そんなことをいっていた。父は、あたしを次女と呼び、真由美さんを長女と呼び、健を長男と呼び、慎也を次男と呼んだ。そこに、正登の存在はない。あたしたちは片瀬探偵事務所という屋根の下、とんだ家族ごっこをしているのだ。