3月28日(日)大連て・・・

ホテルの朝食は最高だった!ああ、こんなことなら、夕べあんなにケーキやらうどんやらまで食べなければよかった!と思うほど。一応チャイニーズのメニューもあるんだけど、アメリカ風カフェテリア。パンも何種類か用意され、ハム類、ソーセージ類、チーズ各種、注文で焼いてくれる卵、ステーキ、ラムチョップまであった。ヨーグルトにシリアルが5種類ほど。ジャパニーズコーナーにはのり巻きやそばや、茶わん蒸し?と思われるものまで。(食べなかったけどね)明日の朝にかけよう!
長男は今朝はダウンして、朝食には降りてこなかった。 今回の旅行で一番心配したのが息子たちの食べ物。口にあわなかったらどうしようと思っていたんだ。なんでもそこそこ食べる長男はともかく、匂いに敏感で好き嫌いの多い次男はどうなることやら?・・・ところが、なんでも食べることが災いして、長男が先に参ってしまった。「こっちの油って、合わないのかも・・・」もたれ気味なんだって。次男は食べられそうなものを上手に取り分けて食べていたので、体調万全!この日の朝も、何度も料理を取りに行って、しっかり食べていた。朝食券がもったいないので、長男の分はしっかりテイクアウトで貰ってきた。ふふ、母は強し(堅実?)よ。バスの中で貰ってきたパンやらチーズやらを長男は食べてくれました。

さて、大連。うーん、町並みは確かにきれい。古い建物がロータリーにそって並んでいる。アジアとは思えない雰囲気。それ以上何もなかった。

この建物は国定文化財だった、なんだっけ?

港の展望台にのぼった。ここは村山総理がきてのぼったそうな。でもただの屋上だった。一番大きな博物館、とやらにもいったんだけど、ここまできて、恐竜の歴史とか、地層の変遷なんてみる必要あるかね?海に近い広場にも行った。大連の人がいうには、天安門広場より広い!らしい。確かに広いけど、広いだけで何もない。
そのあとはショッピング。何も買う予定のないわたしたちは相当待ちくたびれてしまった。それにしても、みなさん、よくお買いになっていた。噂によると120万円の飾り棚を購入なさった方もいらしたとか・・・嗚呼、すっごーい!
大連の町は一生懸命きれいにしようとしているまっ最中って感じだった。新しいビルや住宅が建っているんだけど、空家のままのところが多い。需要が追い付いていないのかな?基礎知識がないので何もわからないし、大連のガイドさんは何を聞いてもイマイチ適格な返事がもらえないので聞くのもやめた。 やれやれ。

そして夜。中国最後の晩餐。大連の料理は北京料理より薄味で日本人の口に合う気がする。海辺らしく魚介類が多く出た。(さすがにもう料理を写 真に撮ることはしなかったけど)そのレストランには生け簀があって、生きた魚介類がうにうにむにゅむにゅ動いて食べられるのを待っている。すっげーっ!と思うものもあった。例えばこれ。名札には『海腸』と書いてあった。

 なんだろうねえ?これ。巨大な白ミミズが水の中にのたうちまわっている。口は歯をむき出して、結構凶暴な感じ。気になって日本に帰ってから調べたらこんな記述を見つけました。
「海腸はイボの無いピンク色の海鼠といったところでしょうか。これを炒めると、焼イカのような色をした太目のマカロニのようになります。元の姿を想像さえしなければ、コリッとした食感と淡白な味が大変美味しく食べられます。」
そうかあ、美味しいのか。残念ながらそのようなものはテーブルにならばなかったと記憶している。ほんと残念だったわあ。(ほんとか?)
それはともかく、この海腸を、嬉しそうに覗き込む人。きゃーきゃー騒ぎながらも目を離さない人。見もしないで騒ぐ人。こんなものこの世には存在しないのよって無視する人。いろんな人がいて、実に楽しい旅行だった。この晩餐で、長男はとなりに座ったさるフラシスターの誘惑に負け、ビールを相当(といっても2〜3杯だけど)飲んでいた様子。最後に「これ飲んでみる?」と紹興酒を小さなグラスに1杯。これがいけなかった。あっという間に酔っぱらって「おれ、もうだめ・・・」なっさけないっ!と思いつつ、まだまだお子ちゃまね♪と嬉しくなったよ。
最後の夜、実に楽しい晩餐でした。