DREAM Princess mermaid 1 |
ばんっ!と激しい音を立てて、勢い良く開かれたリビングの扉から、息を弾ませた一人の子供が走りこんできた。 「ただいま、!」 短く切りそろえられた鳶色の髪を揺らし、菫色の大きな眸を輝かせている子供の顔は、年相応にあどけなく、血色の良い肌色は生気に溢れている。 「おかえり、キラ」 ソファーに座り本を読んでいた と呼ばれた子供は、顔を上げてキラの姿を確認すると、まるで眩しいものでも見ているかのように一瞬眸を細めてから、天使のような微笑みを浮かべた。 肩より短い柔らかそうな宵闇の髪に、翡翠の眸を持つ の綺麗な笑顔に、キラは嬉しそうに走り寄る。 「ニコルは?一緒じゃないのか?」 ぴったりと体を寄せて隣に座ったキラを、首を傾げながら眺めてくるがとても可愛くて、思わず抱きつきたくなったが、問いかけられたその内容に、キラは動きを止めた。 「あーうん。途中までは一緒だったんだけどね」 「途中まで?」 「だってぇ・・・」 渋々と拗ねるように言い訳をするキラに、は眸を曇らせながら小さく溜息をついた。 「今日は、母上から大事なお話があるって言われていただろう?ちゃんとニコルと一緒に帰ってこなくちゃ駄目じゃないか」 「わかってるけど・・」 じっと見つめてくる翡翠から逃れようと視線を泳がせているキラは、本当に分かっているのか怪しいもので、反省の色は全くみられない。 「ニコル、トロいんだもん」 だから置いてきちゃった。 舌を出しながら、悪びれもせずにそんなことを言うキラに、は眉尻を下げる。 「ニコルは俺達より小さいんだから、仕方ないだろう?」 「たった一つじゃないか。大して変わらないよ」 「キラ・・・」 とキラは同じ年だが、ニコルは一才年下だった。 大人の一つ違いはそれほど大きな差では無いが、子供の一つ違いは成長期であるが故に、意外と大きく差が出るものだ。 だから二人よりニコルが走るのが遅くても、勉強が出来なくてもそれは当たり前のこと。 それに、ニコルは他の同年代の子供に比べたら遥かに優秀なのだ。ただ、二人が更にその上をいくに過ぎないだけで。 「ニコルを迎えに行ってくる」 読んでいた本を閉じて立ち上がるの細い腕を、キラは慌てて掴み、非難の声を上げた。 「えー!必要ないでしょ、そんなの。第一、何でが行くのさ?」 「キラが置いてきたりするからだろう?」 「家にくらい一人で帰って来れるよ」 毎日通っている通学路なんだから。 そう主張するキラに、は困惑の表情を浮かべる。 どうしていつもこうなんだろう。 キラはニコルにやたらと厳しい。 もしこれがであったなら、キラは我先に飛び出してきっと迎えに来てくれるはずだ。 ニコルは優しくて素直で・・・嫌われる要因など、には思い浮かばないのだが。 「キラ、ニコルが心配じゃないのか?あんなに可愛いんだ、誰かに連れて行かれでもしたら・・・」 淡い新緑のふわふわとした髪を持つニコルは、性格が現れているかのように柔らかい雰囲気を持った、小さくて可愛いらしい子供だ。 だから、不貞な輩に攫われそうになったことも、一度や二度ではない。 「それを言うなら僕はニコルより、が心配だよ」 「俺?」 キョトンとして、何故だ?っと首を傾げている様は、それはもう愛らしいの一言なのだけれど・・・人のことばかり心配して自分のことに無頓着なは、本気で分かっていないらしい。 大体、人攫いにあった回数で言えば、一番多いのはなのだ。 「君、今日は熱があったから学校休んだんでしょ。出歩いちゃだめだよ」 今朝は蒼白に近かった顔色が、一日休んで随分よくなったことに、キラは胸を撫で下ろしながらも、そんながフラフラ出かけて行く方が、ニコルなんかよりずっと心配だと思っていた。 キラが掴んでいたままの腕を強く引っ張ると、その力に逆らわず、の体が再びソファーへ、ぽすんっと沈む。 そして動きを封じるかのように、今度こそキラは抱きついた。 「だけど・・・」 瞬発力では負けないものの、腕力ではキラに劣ることが分かっているは、無駄に抵抗などしなかったけれど、やはりニコルのことが心配だった。 しかしそれは、リビングの扉が静かに開いたことで杞憂に終わる。 「ただいま戻りました」 入ってきたのは、ニコルだった。 「おかえり、ニコル」 ほっと安堵の表情を浮かべながら、キラを迎えたと同じ天使の笑顔をニコルに向けるに、キラは面白くない。 「!」 大事そうに何かを手に抱えていたニコルは、の姿を認めると、小走りに近付いてきた。 「これ、さっき向かいの家のおばさんから頂いたんです。にって」 ニコルから手渡されたのは、の大好きな桃だった。 昼間、母のところへ遊びに来たおばさんは、具合の悪いを随分心配してくれていた。これはお見舞いのつもりなのだろう。 甘い香りを放つ桃を眺めながら幸せそうに微笑むを見て、キラが悔しそうに呟いた。 「なんでニコルなの?僕に渡してくれればいいのに」 そうすればその笑顔だって、僕だけに向けられたものだったはずだ。 ものすごい勢いで走り抜けていった自分の行動は棚に上げて、そんな不平を言うキラに、ニコルは内心呆れていたが、 「すみません、キラ」 その言葉の真意を明確に悟っていたため、申し訳無さそうに謝罪した。 桃を受け取った当のは、どっちに渡しても同じゃないか。と、不思議そうにキョトンとしていたけれど、ニコルは自分がキラに好かれていないことを自覚していた。 しかし、ニコルはキラのことが嫌いではない。 むしろ仲良くしたいと思っている。 けれどキラはが好きで。 優しいが、ニコルにも笑いかけるのが気に入らないのだ。 かといっての笑顔がキラ同様大好きなニコルは、にそのことを言うわけにもいかず、その結果、この悪循環が続いてしまっている。 は生まれつき体があまり丈夫ではなかった。 特に持病があるというわけではないが、小さい頃からすぐに熱を出したりと、とにかく体調を崩しやすい手のかかる子供だった。 キラとニコルが外で遊んでいるときも、一人家の窓からその様子を眺めていたことも少なくはない。しかし、2人はいつでもを気にかけていてくれたし、時には戻ってきてずっと側にいてくれたりもした。 は2人が大好きだった。 だから、このままずっと、3人一緒に暮らしていければ良いと思っている。 自分達がどうして集められたのか。その使命を分かってはいても、それでも願ってしまう。 ずっと一緒に。ずっとこのまま暮らしていけたらいいのに・・・と。 2005.08.12 |