DREAM   Princess mermaid   



  「イザーク!だから、どーしてお前はそうなわけ?」

 暖かな昼下がりの一時を、何が悲しくて男と喫茶店の片隅で、茶なんてしばいてなきゃいけないんだ!とぶつぶつと文句を垂れながら、自慢の金髪を片手でかき上げている浅黒い肌を持つ幼馴染の友人は、呆れた声で、投げやりに言い放った。
「・・・」
 テーブルを挟み、向かいの席に座っているイザークは、発せられた非難の声を、誰がどの角度から見ても、不機嫌そうに受けとめている。
 見事なプラチナブロンドの髪と意思の強そうなアイスブルーの眸を持つ美貌の青年に、真っ向から睨まれたなら、普通の者であれば思わずたじろぎ逃げ出すところだが、生憎付き合いの長いこの友人には、この眼光の威力は些か弱まるらしい。
 あー、もう!と叫びながら頭を抱えテーブルへと突っ伏した金色の頭に、冷ややかな視線を送ってから、ふんっと横を向いてしまうイザークの表情は、憮然としたものだった。


 イザークに対し人目を憚らず、高々と非難の声を上げているこの男の名は、ディアッカ・エルスマンという。
 男らしい整った容姿を持ち、陽気で社交的な彼の愛読書はエロ本。
 女の子が大好きなディアッカは、その性格が現している通り、女性関係も華やかで浮いた噂は数知れない。
 そんな彼だからこそ、来る者は拒まず、去る者は追わず。という、異性から見れば天敵、同性から見れば羨望の眼差しを受ける毎日を送っていたのだが、数ヶ月前、そんな彼の価値観を狂わす人物が現れた。

 ミリアリア・ハウ。
 イザークとディアッカが通うカレッジの学生で、鳶色の髪を持つ普通の少女だ。

 ディアッカは彼女と出会い、初めて女性の容姿ではなく、その人柄に惚れこんだ。
 以来、猛烈にアタックし続けた結果、今日ようやく初デートとなったのだが、彼女とて今まで女性関係に乱れまくっていたディアッカを完全に信用したわけではなく、条件として自分の友人も一緒に・・・つまりダブルデート形式で出かけようと言ってきた。

 当初、ディアッカは、別の友人を連れて来ようと思っていた。
 だが、どういうわけかミリアリア自身がイザークを名指しで指定してきたため、必死でイザークを説得し連れてきたのだが、その結果がコレだ。

 まず、ミリアリアの連れてきた友人が、あのシホ・ハネンフーズであったことに、ディアッカは激しく驚いた。
 彼女はカレッジでも有名な美少女で、同時に優秀でお堅いと評判の女の子だったからだ。
 そして、シホが見つめる視線の先に居た人物。つまり、イザークに好意を持っているという事実に、更に驚かされた。
 イザークはといえば、相変わらずの仏頂面を晒してはいたけれど、それでも表面上は和やかな雰囲気でダブルデートが始まり、上手くいっていた。
 そう、イザークが発言をする、その瞬間までは・・・。



「ミリアリアって、リスみたいだよな」
「え、なにそれ?どーゆう意味?」
 何気ない会話の途中でディアッカが出した話題に反応して、出っ歯だとでも言いたいの〜?とミリアリアが笑いを含みながら口を尖らせると、
「違う、違う。リスみたいに小さくて可愛いってことさ」
 俺、小動物好きだし?
 などと恥ずかしげも無く、ウィンクをしながらディアッカが軽く言葉を返す。
 そのセリフに、頬をほんのり赤く染めたミリアリアは、それを誤魔化すかのように慌てて話題を隣に座る友人へと振る。
「ばっ・・・馬鹿!じゃあ、シホは?」
「そうだなぁ・・・なんだろう。イザークはどう思う?」
 ディアッカにしてみれば、最初にお互いの名前を名乗ってから、一向に会話に参加しようとしないイザークに気を使って、彼に話を振ったのだが、それが激しく間違いだった。
「トマトだな」
「へ?」
 長年の経験?から、こういう場合は、女性を褒め称えることが基本中の基本だとディアッカは思っている。決して女性を貶してはならない。
 それは常識とも言え、勿論イザークとて分かっていることだと思っていた。
 だから、この時イザークの口から漏れた言葉を即座に理解することが出来ずに、気の利いたフォローをすることさえも出来ず、間抜けな声を上げてしまったディアッカは、決して責められるいわれは無いだろう。

 もうその後のことは語りたくもない。
 案の定、イザークの言葉に傷ついたシホは、眸に涙を貯めて走り去ってしまい、サイテー!という言葉を残して、当然のごとくミリアリアも追いかけるように店を出て行ってしまった。
 そして何が悲しいか、男二人が取り残されて現在に至るというわけだ。


「よりによって、トマトはないだろ、トマトは〜・・・」
 確かに、イザークを前にして、シホは終始真っ赤な顔をして俯いていた。
 それをトマトと例えるのは妥当と言えば妥当ではあるが、この場で選択すべき言葉でないのは明白だろう。
「せめて花に例えて牡丹とか・・・」
 そんなだから、お前はいつまでも女と付き合えないんだ。
 などと唸りながら発っせられるディアッカの愚痴を、イザークは余計なお世話。と黙って聞いていたものの、イザークに対し、寛大な心を持って接することの多い幼馴染の彼が、ここまで感情を露にし、露骨に怒りを態度に表しているのは意外と珍しいことだ。
 それ故に、彼のミリアリアへの気持ちが真剣なものだと覗え、流石に少し申し訳ないことをしたとイザークは反省した。

 だが、イザークにも言い分がある。

 目の前の席に座り、愚痴愚痴と文句を垂れている、ディアッカは先ほども述べた通り、非常に女性にモテる。それは端的な言葉で述べるなら彼は『美形』ということなのだろう。
 だが、世間一般的に申し分無いと言われている容姿を持ったディアッカでさえ、実はイザークにとっては『ピーマン』にしか見えていない。
 彼だけではない。
 ミリアリアは『タマネギ』に見えるし、シホは『トマト』に見えたのだ。
 これは冗談ではなく、イザークにとって深刻な問題だった。

 世の中にいるほとんどの人間の顔は、何らかの『野菜』で出来ている。(ように、イザークには見える)
 体全体がそう見えるのでは無く、頭だけが『野菜』なのだ。
 だから、性別年齢を問わず周囲の人間がそう見えてしまうイザークにとって、心から好意を持てる相手など、そうそう居るはずがない。
 なぜなら、イザークには『緑黄色野菜』を愛でる趣味は無いからだ。
 いや・・『ジャガイモ』に見える者もいる。あれは『緑黄色』ではないか?
 しかし、そんな細かいことはどーでもいい。
 どっちにしろ『野菜』に違いはないのだから。

 無論、例外はある。

 自分の顔は『野菜』ではないし、母も『野菜』には見えない。
 自分と良く似た風貌を持つ母は、とても美しい女性だ。
 彼女以上に華やかで美しい女性など、見たことが無い。(みんな『野菜』だから)
 だからイザークは、もしかしたら独身のまま一生を終えるのではないかとすら思っている。

 幼い頃、母に聞いたことがある。
 どうしてみんな『野菜』の顔をしているのか、と。
 母はこう言った。

『それは、貴方の運命の相手ではないからよ』

 運命の相手。
 本当にそんなものいるのだろうか。
 生まれてから18年、母以外に『野菜』でない人間など見たことがない。

 『野菜』のことは、他の人に話してはいけないと母にその時口止めされた。
 当時はそれを不思議に思ったが、今では当然だと思っている。
 それはそうだろう。
 誰だって、出会い頭に『お前はピーマンだ!』と言われて、良い気持ちはしないだろうから。

 それと同時に、教えられたことがある。
 俺は人間ではなく、人魚族の末裔で、稀少な男性体だということ。
 そして後生に子孫を残すことが使命であるということ。

 しかし、人魚族の末裔だからとか、男性体だからとか。使命がどうとか。
 そんな理屈は抜きにして、この世に生を受けた以上、自分の子供を望まないと言えば嘘になる。けれど、愛しいと思える相手と出会うことが出来なければ、それはそれで仕方が無いとイザークは思っていた。
 『野菜』で妥協するのは嫌だったし、なによりそれは、イザークの性分に合わないからだ。


 運命の相手か・・・。


 先程までの勢いは何処へやら、今ではテーブルに突っ伏したままの体制で、うじうじと凹んで愚痴を零している金色の頭をチラリと盗み見ながら、イザークは思う。

 ミリアリアと出会って、ディアッカは変わった。
 激しかった女性関係も全て清算し、今では彼女一筋だ。
 彼女のために良い意味で、いい男になろうと努力も惜しまない。
 ディアッカにとって、ミリアリアは運命の相手だったのだろうか。

 ならばもし、俺にそんな相手が現れた時は?
 やはりディアッカと同じように、俺も変わるのだろうか。

 変わっていく自分の姿など、全く想像できはしないが・・・。
 とりあえず今は、目の前の哀れな友人の背中でも押してやるとしよう。


 イザークは一つ大きな溜息を付くと、盛大に拳で金髪の頭を殴りつけた。



2005.08.12

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