DREAM Princess mermaid 3 |
プラントへと向かうシャトルの中で、は大人しく席に座り、窓から宇宙を眺めていた。 はしゃいで物珍しげに機内を走り回っていたキラが遠くで乗務員に注意されているのに苦笑しなが視線を横へずらすと、ニコルは隣の席で静かに寝息を立てている。 急に色々なことがあって、疲れているのだろう。 これからのことを思うと、の心は自然と沈んでいく。 『彼』との出会いが嫌なのではない。 それはもう決まっていたことだから。 ただ、キラやニコルと過ごしてきた日々は、にとって幸せすぎた。 キラは活発で明るくて、一緒にいるととても楽しくて。 ニコルは優しく、自分を慕ってくれる可愛い存在で。 だが、3人一緒にいるのが当たり前の日常は、まもなく終わりをつげるだろう。 どんな形になったとしても、は二人を見守っていきたいと思っていた。 それしか、に出来ることはないであろうから。 * * * 「貴方達の相手が見つかったわ」 と良く似た容姿の美しい女性レノアからそう告げられたのは、昨夜の夕食後のことだった。 これまで月で普通の子供達と同じように生活していたけれど、明日からはその相手のためだけに生きて行くことになる。 「ですが、母上。僕たちはまだ11歳です。ニコルは10歳ですよ?早すぎませんか?」 まだまだ体も小さく、成長も十分ではない自分達に、とても使命を果たせるとは思えず、はレノアに食い下がった。 キラやニコルが向けてくる不安そうな視線を包み込むかのように、レノアは優しい微笑みを浮かべた。 「心配ありません、。女性体を持つ貴方達は、常に相手に合わせる能力を持っているのですよ」 「どういう・・ことですか?」 訝しげに首を傾げるに、レノアはゆっくりと3人に分かるように説明した。 とキラ、そしてニコルは3姉妹だった。 といっても、血は繋がっておらず、生まれたその時から、姉妹であることが運命付けられた女性体である子供達であり、この世界に僅かとなった人魚族の末裔であった。 愚かな人間によって神聖な海を汚された人魚族は、次第に海から陸へと移り住み、長い年月を掛けて人間と同じような足を持つ種族へと進化した。 しかし、種族の減少を止めることは難しく、今では純血種の人魚は世界に僅かしか存在しない。 人魚族は生まれつき女性体と男性体であるものの扱いが大きく分かれている。 確立で言えば、男性体が生まれる確立は格段に低い。そのことは人魚族の減少の大いなる要因の一つであり、そのために子孫を残すことは重要な使命でもあった。 一方、女性体は多く生まれてくるものの、完全な女性となれる者はごく僅かだった。 なぜならそれは、男性体に選ばれた者のみが変化するものであったから。 選ばれなかった女性体は、一生をかけて選ばれた女性を守る使命が与えられている。 つまり、 ・キラ・ニコルの3人は、1人の男性体の人魚のために選ばれた、女性体の人魚であり、彼を愛し彼の子を生む、又は彼に愛された女性を一生をかけて守り抜く使命を持った、運命共同体ということなのだ。 「相手の方の年齢は18歳。だから貴方たちもそれに合わせて成長することになるでしょう」 「成長・・・」 呆然と呟くニコルに、レノアは再び微笑みかける。 「貴方達の体は、いま中性体だけれども、彼に近付けば自然と変化が起こるわ」 別に痛いわけでもない。 苦しいわけでもない。 一瞬で起こるそれは。 彼のために。 彼に見合った女性に。 彼と共に生きるために起こる変化。 「つまり、そのとき女性に変化した誰かが、彼に選ばれた人魚ということなの?」 「そういうことね。そして他の2人は彼女を一生守っていくの。生ある限り。それが私達、人魚族の掟」 確認するかのように問いかけたキラに、レノアは言い聞かせるように言葉を返す。 1人は一生を幸せに過ごし、残る2人は一生を鎖に繋がれて生きていくことになる。 レノア自身は前者であった。 これまでレノアが大切に慈しんで育ててきた3人のうち、2人が後者になることは決まっていたこととはいえ、割り切れない悲しさがある。 「ふぅん・・・」 複雑な想いを抱いてレノアが子供達を見渡せば、感慨もなさそうにそう相槌を打ったキラは、誰が選ばれるのか。と単純に好奇心を覗かせているようだったが、ニコルは不安そうに見え、に至っては俯いて、神妙そうな顔をしていた。 3人3様のその様子に、それぞれの性格が垣間見られ、不謹慎にもレノアは顔を綻ばせたものの、それでも唯一つ願うのは、子供達全てが、どうか幸せであるように。 ただそれだけだった。 * * * シャトルに乗るなんて、生まれて初めてのことで、キラはあちこちを見て回った。 何もかもが物珍しくて、わくわくした。 キラはこれからのことを、あまり深く考えていない。 どうせ選ばれるのは、自分かだろう。 トロくさいニコルが選ばれる訳がないし、キラが選ばれたら、は一生側にいてくれる。そして、もし自分が選ばれなくても、を一生守って生きて行くことに苦があるわけじゃない。むしろそうなったほうが良いとさえ思える。 遠目に見える宵闇の髪の綺麗な姉妹の姿を視界に納めるだけで、キラの心に暖かいものが込み上げてくる。 男性体と女性体が出会ったとき、必ずお互いに惹かれ合うのだと母さんは言っていた。 そんなまだ出会ってもいない『彼』に興味は沸くけれど、より心を動かされる存在がいるなどと、キラには思えなかった。 キラはほど綺麗なものを他に見たことがない。 サラサラと風に揺れる宵闇の髪は、触れると驚くほど柔らかく、翡翠の双眸は至高の宝石。白磁器のように白く透き通った肌を持つは、きっと絶世の美女になるに違いない。 そう思うとキラの心はどうしようもなく高揚してくる。 早く・・・早くその姿が見たい。 『彼』に近付けばその変化が見られるというのであれば、キラはその瞬間が待ち遠しくて仕方なかった。 「・・コル・・・ニコル」 「ん・・」 肩を揺さぶられて、重い瞼を開けると、ぼんやりと視界に青色が広がった。 ぼぅっとしている自分を覗き込む、優しい翡翠に相手を理解すると、ニコルは酷く安心する。 「・・すみません、僕、寝ていましたか?」 「少しね。もうすぐプラントに着くよ」 ごめんね。起こしてしまって。謝罪するに、ニコルは慌てて首を横に振った。 シャトル前方に設置されているパネルを見れば、到着ロビーへとシャトルが誘導されている映像が映し出されている。 かなりの時間を寝てしまったようだ。 昨日まで具合が悪くて寝ていたにこそ、シャトルでゆっくりして欲しかったのに・・・おまけに気を使わせてしまったニコルは、自分の失態を恥じていた。 こうやって外にいて休むとき、ニコルかキラが眠るとは必ず起きていて、それを見守るのが当たり前のようになってしまっている。 3人共、普通ではありえない程可愛い容姿をしているため、誰かが気をつけていないと危険なのだ。しかし、ニコルを見ているのをキラは嫌がるし、キラが目覚めた時に、ニコルが側にいるのも嫌がるため、必然的にが起きていることが多くなってしまう。 はそれを特に嫌がるでもなく、いつも穏やかな笑みを浮かべて二人を見ている。 本当に優しい人なのだ。は。 きっと選ばれるのは自分ではない。 姿形だけではなく、心まで綺麗なが選ばれるのが一番良いとニコルは思っていた。 勿論、キラが選ばれたなら、自分はキラのために一生を捧げるつもりではいる。 けれど、出来ればが選ばれて、を見守って生きていけたら良いのに。 人魚族として生まれ、人魚族として生きていかねばならないなら、その中でも苦にならない道を歩んでいきたい。 プラントへの搭乗口が開く。 ・キラ・ニコル。 そしてイザークを取り巻く、運命の大きな歯車が。 いま、勢い良く回り始めた・・・。 2005.08.12 |