DREAM Princess mermaid 4 |
変化は突然訪れた。 「う・・・ん・・」 両手を床について体を起こしたは、頭を軽く横に振った。 瞬間的に意識を失い、倒れた体は激しく床に打ち付けられたらしく、節々がじんじんと痛む。 はっと気付いて回りを見渡せば、少し離れたところに、人が倒れていた。 「キ、ラ・・?」 眸の色は閉じられていて分からないが、見慣れた鳶色の髪はキラと同じ色だけれど、明らかに異なるのは、その大きさだった。 キラは と同じ11歳の子供のはず。 でも、どう見ても目の前に倒れている少年は、16・7歳に見える。 ふと、横を向いた はそこで再び驚愕する。 窓ガラスに映った自分の姿が、やはり16・7歳の少年の姿に見えたからだ。 「俺・・は・・・」 落ち着いて自分の手足をよく眺めてみれば、ガラスに映った姿は偽りではなく、紛れも無く自分自身だということを理解した。 そう、変化したのだ。 は中性のまま成長した。 そして、おそらく倒れている少年はキラ。 は痛む体をさすりながら、キラへと歩み寄り、キラの肩をゆっくりと揺すった。 「キラ、大丈夫か?」 「う・・・」 同様、激しく床に打ち付けられたのであろうキラは、苦痛に顔を歪めながらも、なんとか体を起こすと、不思議そうに を見つめてくる。 綺麗な菫色の眸が動揺しているのに、 が優しく笑みを返すと、キラはその瞬間に全てを悟ったようだった。 キラと は、中性のまま少年へと変化した。 ということは・・・。 女性になったのは。 彼に、選ばれたのは・・・。 * * * イザークは今年から、家を出て1人暮らしを始めた。 自宅はマティウス市でも閑静な高級住宅街の一等地にあり、プラントでも有数の資産家ジュール家の1人息子でもある彼は、将来を約束された云わば血統書付きの人物であり、幼い頃からそれに恥じぬ厳しい躾を受けていたし、無論母の期待に応えるべく努力も惜しんできたつもりはない。 そんな彼が、ディセンベル市にある小さなアパートに1人暮らしを始めたときは、友人達からたいそう驚かれたりもしたが、別に親子喧嘩をしたわけではない。 ただ単に、カレッジと自宅間の距離が離れていることから、研究が大詰めに入るにつれて、カレッジとの往復が困難になってきたため、卒業するまでという条件付で、家を出ることを許されたのである。 イザークの母エザリアには、もっとセキュリティの整った近代的なマンションを勧められたのだが、それほど長い間住むわけでもないし、もともとその外見に似合わず、華美なものをあまり好まないイザーク本人が、勝手にアパートを決めてきてしまった。 それでも彼は質素ながら機能的な造りで、意外と防音の行き届いた部屋を気にいっていた。 ・・・ん? イザークの部屋は2階の一番奥にある。 建物の横に備え付けられた階段を昇ろうとして聞こえた声に、イザークは足を止めた。 よく耳を澄ませてみると、にゃぁ〜っと、小さな鳴き声が聞こえる。 猫・・・か? 高く、か細いその声からも、子猫であることが覗える。 母猫とはぐれたか、もしくは捨て猫か・・・。 どちらにしろアパートで動物を飼うことは禁止されているし、自宅もエザリアが動物アレルギーを持っているため、イザークには飼うことが出来ない。悪戯に手を差し伸べたとしても、責任が持てないのであれば、それは返って残酷なものにすぎないだろう。 そのまま再び階上へと歩を進めようとしたイザークの脳裏に、ふと軽薄な笑みを浮かべた『ピーマン』の顔が浮かんだ。 ディアッカの家は、動物好きで・・・確か先日猫が死んだと言っていた。 奴なら、押し付けてしまえば飼うだろう。 『ピーマン』顔の一家を脳裏に描きながら、イザークはくるりと方向転換をすると、アパートの死角になっている裏口への角を曲がった。 そして、驚いて立ち止まる。 猫は、そこに、居た。 だが・・・居たのは、猫だけではなかった。 予想通り捨てられていたらしく、ダンボールに入れられた小さな猫が、懸命に何かを訴えるべく泣き叫んでいるその横に、女性が倒れていたのだ。 我に返ったイザークは、慌てて近付いて、うつ伏せに倒れていた彼女を抱き起こし、更に驚愕した。 彼女は美しかった。 勿論、『野菜』ではない。 腰のあたりまで伸ばされたふわふわとした新緑色の髪。閉じられた瞳の色は分からないものの、丸みのあるふくよかな頬に、ほのかにピンク色の小さな唇。 まるで絵本から抜け出してきた妖精のようなその容姿に、思わずイザークが見惚れてしまうほどの可愛らしさだった。 「一体、何があったんだ・・・?」 呟いてしまったのは、彼女の服装のせいだ。 服はところどころ破けていた。 何者かに襲われたのだろうか? それにしては外傷は無いようだが・・・。 にゃぁ。と横で子猫が鳴いた。 「・・・!」 まじまじと彼女の体を観察してしまっていたイザークは、その声に我に返り、不躾な自分に気付くと、微かに頬を染めた。 なにをやっているんだ、俺は! 誰も見ていないというのに、やけにあたふたしながら、イザークは自分の着ていたジャケットを羽織らせ、少し乱暴に彼女を包む。 太ももあたりまでジャケットで覆うことが出来るほど、彼女が小柄であったことに感謝しつつ抱き上げると、猫に向かって『お前はもうちょっと待ってろ』と言い捨ててから、早足でアパートの階段を昇りはじめた。 * * * どこにいってしまったんだろう・・。 は小さな紙袋を片手に、アパートの近くの公園に来ていた。 気がついたとき、部屋にニコルの姿が無かった。 母に用意されていたアパートでの荷解きが一段落ついた頃、突然襲った激しい閃光と同時に、意識を失った。 時間にしてほんの一瞬程度の出来事だと思う。 とキラが中性のまま変化したのであれば、女性になったのはニコルのはずだ。 ニコルも部屋にいると思っていたのに、探しても彼女はいなかった。 そんなに広い部屋ではないのだ。 目を離した隙に、外へ出ていたのかもしれない。 荷解きといっても、月から持ってきた荷物は大した量ではない。 子供用の服が数着と、変化後のための服・・・つまり大人用の服が数着。あとは日用品が少しだけという少なさだった。 成長したとき、 とキラの服は破れていた。 子供用の服では今の体に合わなかったからだ。 それはニコルも同じはずで、女性だから2人よりは小柄だろうけれど、さすがに子供服では同じように破けたに違いない。 の手に持っている紙袋には、月から持ってきた女性用のワンピースが入っていた。 はやくニコルを見つけなくては・・・。 こほんっこほっ。 は小さく咳きをする。 また熱でも出るのかな。 最近、体調が良くないのを、 は自覚していた。 けれど、今そんなことを言っている場合ではない。 俺達は、ニコルを。 彼女を守らなければならないのだ。 俺は大丈夫。 まだ・・・大丈夫。 は自分にそう言い聞かせると、公園を出て再び走り始めた。 2005.08.14 |