「あ、寛さん!」
凜とした明るい声と共に、にこにこと楽しそうに笑む少年が手を振りながら走ってくる。
くりくりとした大きな目が愛らしくかわいらしい印象の鳥遊 初良は、近づくなり叔父に抱きつく。
「久しぶり〜」
「うん、久しぶり。元気だった? 初良君」
ぽむぽむと低いところにある頭を撫ででやりながら、叔父がどこかデレデレとしながら聞く。
「はい。もちろん、母さんも元気だよ〜」
えへへ、と初良が言い、澄んだ瞳で僕を見る。
「斎希さんもお久しぶりです。相変わらず綺麗です〜」
――相変わらず、綺麗って……。どんな挨拶だろうか。
内心、頭を抱えた。
「うん、ほんとに久しぶりだね。――って、一言余計だと思うけど?」
「そんなことないですよ! 艶々とした黒髪で、睫毛がすっごく長くって、ぽってりした唇は紅掃いたみたいで、顔の形整ってて、綺麗なお人形さんみたい。本当に」
キラキラとこちらをじっと見ながら言われ、返答に窮す。
全て正直に言っているのであろう無邪気且つ純粋な顔が正視に耐えず、視線を逸らす。
「あはは、本当だね。――おや、斎希君赤くなってるよ」
初良から離れた叔父がくすくすと可笑しそうに笑う。
「ほんとだ。かわいい〜」
指を差して笑う初良の方が断然可愛いと思うのだが……。そんな自分の思いは、口にしないので伝わる筈が無く。
出だしから疲労感と居たたまれなさを感じ、
「そんなことはいいから、今日の目的地に行こうよ」
ぐいぐいと後ろから二人の背を押し、急かしてしまった。
所変わって。
学祭の垂れ幕がかかった、鵬学院高校の正門を通り抜けた。
「うわー、大きな学校だ〜」
隣で初良がわくわくといった感じできょろきょろしている。
「ほんとにね」
自分の中学校の何倍だろうかと、ちらりと考えてしまう。
「鵬は生徒数が国公立なんかに比べると多いからね。それと――」
ふふ、と叔父が笑いながらそんな風に言っていると。
「あれ? 鳥遊弁護士? 来てくれたんですか?」
横から在校生だろう、ダークグレイのスーツを着こなした少年が嬉しそうにやってきた。
「ん、来たよ。賑わっているかい?」
「はい、盛況です。――特に毎年恒例のミラーハウスが賑わっています」
「やっぱり? あれ、入場制限とかしないといけないからすっごい混むよね」
「はい。それで整理券を使用しています。行かれるのでしたら、事前に整理券を入手することをお薦めします」
「うん、そうするよ。――ところで、君の所はどう、今年は?」
「はい、刑事事件の模擬裁判を何度か行います。よろしかったら、いらしてください。陪審員としての参加もできますので」
「ああ、回らせてもらうよ」
「ありがとうございます。また、部活の方でご教授下さい」
「うん、都合見てまた行くよ」
では、と。
なにやら話して少年は去っていった。
……模擬裁判なんて学祭でやるんだな、とぼんやり思いつつ、
「ごめんごめん、知り合いがいた者だから喋ってしまった」
のけ者にしちゃってゴメンと謝る叔父を見、疑問を聞く。
「今の人、誰?」
「ああ、今のはOBとして時々遊びに行く部活の後輩君。――と説明したいんだけど、まず、整理券もらいに行っていいかな?」
「整理券って、ミラーハウスの?」
「そう。大規模に作ってるからおもしろいよ。せっかくだから入っていこう」
「わかった」
「りょーかい〜」
物珍しそうに辺りを気にしてばかりいた初良も会話に加わり、一路ミラーハウスとやらまで歩くことに。
「ねぇ、寛さん。ミラーハウスってどんなの〜?」
やっぱり鏡でできてるの、とわくわくした様子で初良が聞く。
「そう。体育館全体を使っての、鏡の迷路が我が校名物のミラーハウス。頭上も鏡張りでね、相当な費用がかかっている曰く付き」
「へぇ〜」
「どこからでたの、そのお金?」
学校から支給される学祭費用で賄えるものなのだろうか。校舎を見るに、なんだか体育館とやらも広そうだし。
「学生の私費が大半。最初にやった人が結構リッチな人だったらしい」
「うわー、すごいー」
「そういえば、ここ、学費高いよね。普通の私学より」
お金の話でパンフレットに載っていた学費のことを思い出す。
「ああ、それはしょうがないよ。部活の力の入れ方とかもすごいからね」
「部活?」
「そう。ここの部活の大半は大学と提携していて、内容が濃いんだよ。たとえば、さっき話しかけてきた子は法律部の子なんだけど、大学の教授、弁護士などのその道の専門家を招いてやるからね。他も同様。将来何になりたいとかってことが決まっているなら、それに向けてサポートしてくれる。もちろん普通の部活もあるけどね」
「そうなんだ」
ふむふむと頭の中にインプットしておく。
「ついでに、今やっている学祭に関して言えば、学祭に何かする側として参加するには部活に入っていないと駄目」
「え? なんで〜。普通、こういうのって全員参加だよね?」
「うん、そうなんだけど、特に三年とかになるとね、参加拒否する生徒が出てきたりするんだよ。それが元で学祭に参加したいものだけが参加する体制にしちゃったんだな」
「でも、そうすると結構人数限られちゃうねー……」
残念そうに初良が言うのに、叔父が言葉を付け足す。
「いや、そうでもない。学祭に参加するためだけに一定期間のみ部活動をする部があって、そこに加わりさえすれば参加できるよ」
「……そっかぁ」
抜け道付きか、とかなんとか素直に初良が頷く傍らついつい思う。
「当然、当日遊ぶだけならだれでも可だし」
「へー、ならいいのかぁ〜」
問題ないね、とにこにこと寛に腕を引かれていた初良が話は終わりとまたきょろきょろしだす。
そんな時に叔父がのほのほと言う。
「そうそう、斎希君。ちなみにここの制服は原則スーツだからね」
「……はい?」
聞き慣れない言葉を聞いて、叔父の方を向く。
「さっきの子、ダークグレイにピンストライプ入ったスーツ着てたでしょ。あれが制服。どうせすぐにスーツ人生になるんだからと校長の一言で制服はスーツなんだよね。当然エンブレムなんか無し。代わりに校章のバッジを上着の襟に付けるだけ」
「……堅苦しくないの?」
「慣れちゃえば平気かな。スーツだから大学の入学式にもOKで便利だし。――大学行く奴らはそのまま校章だけ外して行っちゃうくらいだよ」
「……それって、どうなの?」
「いいんじゃないかな? 別に」
斎希君だったら、あっちのタイプが似合うだろうなーとか言うのを横に聞く内に、ミラーハウスと書かれた看板が目に入った。