A DREAMER 私が、塚田朋子です
                                        2018年9月17日 更新
   2007年2月28日に開催されたマーケティン
グ学科卒業生有志による卒業記念パーティー(於: 東京ドームホテル)開始前の厚化粧!



今の私です・・・・・

    今年の夏は、5年ぶりに、自分の時間を
    たっぷりもつことができました。

    来年4月からの、
    大学院新専攻が成功しますように・・・と
    組織人として祈りながら。






    何をするにも、やっぱり体力ですねぇ。

    気力を補う、体力!
    と、そう、信じて(中学の部活の先生に思いこまされて?)きましたが
    高齢の、大正生まれの母親を見ていると
    本当に体力だなぁ〜と、改めて、思わされます(笑)。







    長期的に戦略を練ることが
    とっても大切なんだ・・・と
    そう思った初秋でもあります。

    長期的な戦略が目的達成した時の達成感といったら
    言葉にはならない。

    兵庫県豊岡市の地場産業が
    十数社で会社をつくり、
    今年9月13日に丸の内にショップをオープンさせました。
    感無量。

    雲の上の存在だった百貨店の低空飛行墜落危機。
    マイスターは、商売に関しても徐々に
    本気になっていった。

    私は、人の評価なんか全く気にしないで頑張れる自分の体力に
    感謝しています。


    91年にはじめてその豊岡市に行ったのは
    前任校のプロジェクトで
    全国の地場産業振興センター依頼の調査、1年契約だった。
    私は、ニフティサーブを利用していた・・・・・・







    95年に東洋大学経営学部に入った私は
    数年間一人で
    商学科(当時)の基礎実習を担当していました。

    当時は、ど〜でもよいから(笑)
    ペン書きじゃなく、ワープロを(ソフトは一太郎でもいいから=笑)
    使ってよ、という感じで
    とにかく、ワープロで書いたレポートを
    提出させていました。

    もちろん、まだ、PCはナローバンド時代ですので
    テキスト情報のみ。


    今、ブロードバンドは当たり前、
    SNS情報を大正生まれの母親も使う時代です。

    ところが!


    今年、優秀な若い先生3人と私の4人で
    マーケティング学科の基礎実習講義を担当。
      分担で、3週間だけ(補佐=大学院に進学した宇野くん)。

    レポートは、入学直前に
    マーケティング学科の全員が行く
    軽井沢のショッピングモールに関するもの。


    なんと・・・
    パソコンが使えない学生が、再び、登場しているらしい・・・

    SNSは利用しているのだろう、
    ブロードバンドをフル活用しているのだろう。

    ただし、スマホで、なのだろう・・・


    スマホで入力したと思われるレポートを複数発見し
    時代が「戻った」気持ちになりました。




    いや、当時は、パソコンを使うのが苦手でも
    手書きをさせれば、ちゃんとした文章を書く学生が多かった。


    今、手書きをさせると・・・読むのが大変(笑)。






    いつからでしょう、
    最初はわざと、ファッション・マーケティング論のレポートを
    手書きで提出させてみたのです。

    日本語を、というか、漢字を書けない?
    ちょっとこれはまずいだろう、と感じて、
    翌年も、また翌年も
        1990年代には、絶対に
        手書きのレポートなんて受け付けなった私が
    今、講義で、手書きのレポートを提出させています。




    時代が「戻った」?

    いや・・・
    正しく母国語を使えないのでは
    社会に出たらかなり苦労する、と思うから。

    会話と文章力はまったく別ものだ。


    この夏、少し長く自分の時間をもって
    そんなことも感じた。



    
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塚田朋子は、こんな人
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