北原白秋の詩に「落葉松」があります。確か中学校の教科書にあった詩なので覚えている方もおられると思います。「からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。・・・」と「からまつ」という語がいくども繰り返されていたのは覚えています。当時、「落葉松」を「からまつ」と読むことを覚えて、少し得意になったこともありました。しかし、このときどれほど落葉松という木を知っていたかは定かではありません。落葉松の林を実際に知ったのは栃木県日光の女峰山の中腹を歩いたときでした。そこは植林であり、夏の間は気にもかけないで落葉松の林を歩いていました。しかし、秋、そこは一面黄色の山腹に変わったのでした。針葉樹なので葉の一本一本は太い針のように見えますが、落葉した地面は黄色い絨毯へと変わっていました。針葉樹でありながら我が国では唯一落葉樹なのです。落葉松という名の由来が理解できます。しかし、それだけではありません。芳しい匂いがその林だけでなく山や谷全体に漂うのでした。その匂いはわけもなく切なく胸が締め付けられる思いになります。ちょうどシカたちが交尾する時期であり、雄シカが谷のあちらこちらで啼きあい、谷間に響いて聞こえてきます。若い人たちのことばをかりれば「胸キュン」ということになるのです。「奥山にもみぢ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」(古今集 猿丸太夫)という歌を現代に至っても変わらないものだと感じる時間でした。ぜひ、秋のこの時期に落葉松の林を歩いていただきたいと思います。