ツツジは日向の似合う木です。私の実家はお寺で、参道にはツツジが植えられていました。住職であった父親がツツジが好きだったようです。真っ赤な花びらを持つもの、紅紫色のもの、白いものと、それぞれの名前があるはずですが、すべてツツジで済ませていました。参道を掃くのが私の役目であり、学校へ行く前、法事のある朝には植木の下まで掃除をしなければならなかったので、観賞の余裕はありませんでした。特に湿った地面に落ちてこびりついた花弁は掃除には厄介でした。それでもやはりツツジは日向に咲くもので、眩しい陽光とツツジの記憶はいつも一緒にありました。実家のある横浜から仕事を得て栃木に移ったのは40年ほど前になります。栃木やその近辺にはツツジの名所はあちこちにありました。しかし、実家で見慣れたせいか、庭掃除という苦労をした思いからかどうかわかりませんがさほど興味はありませんでした。ただ、山の近い栃木では山に咲くアカヤシオやシロヤシオがその季節になると話題に上ります。山の好きな私はその季節になると山登りの楽しみの一つとしてきました。その群落の美しさはそこに自らを置かなければわからないものがあります。山歩きをして偶然出会うツツジの群落はその発見とある種の幸福感の起こすものでした。
最近、足しげく通うようになった山が宇都宮市森林公園の主体をなす古賀志山です。最高峰の標高は古賀志山山頂の567mの低山ですが、この山の背後の北に控える日光連山とは異なる特色をもっています。日光連山は男体山をはじめ女峰山、大真名子山、日光白根山と火山でできた山ばかりですが、古賀志山はかっては深海底の地殻がプレートにのって遥か太平洋上から日本列島に衝突隆起してできた山だからです。岩石学ではチャートと呼ばれる岩層を見ることができます。山のいたるところにその衝突の凄まじさを想像させる突きあがった岩場がそそり立つます。突きあがった岩は板状節理を起こした自然の造形の不思議さをみせてくれます。
4月の中旬に咲く花の一つにヒカゲツツジがあることを知ったのはこの春でした(2018年)。今年は例年よりも10日ほど早く桜が咲きました。これは桜だけでなくすべてが速く進んだようでした。この山に二枚岩と呼ばれる見晴らしのきくところがあります。岩が2つに割れたような大きな岩の峰です。ヒカゲツツジがこの岩の周辺にあることを知ったのは例年ならば、ちょうど開花の時期でした。ヒカゲツツジは少し大きめの白い花びらをつけます。葉や枝振りはシャクナゲのようにもみえます。ツツジは日向が似合うという偏見をもっていますから、ヒカゲと名のつく花がどんなふうに群生しているのか、その様子をを想像しながら二枚岩に向かいました。しかしちょうど良い時期であるはずだったのに、群落は目に入ってきませんでした。どうやら、その時期を終えてしまったようでした。足早にその季節は去ってしまったのです。それでもと岩の周囲を廻ったところ一輪の白い花を見つけました。それはまさしくヒカゲツツジでした。私を失望させないようにと1輪だけ花を残しておいてくれたような気がしました。もう明日にはしおれた花を落としてしまいそうにも思えました。しかし、それだけで十分でした。
それにしてもヒカゲツツジとは可哀想な名前が付けられたものです。でも、岩陰に潜んで私を待っていてくれたのかと思うと愛おしく思えてきました。
